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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)250号 判決

東京都千代田区霞が関三丁目2番5号

原告

三井石油化学工業株式会社

代表者代表取締役

竹林省吾

訴訟代理人弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

米倉章

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

近藤兼敏

田中靖紘

涌井幸一

主文

特許庁が、昭和63年審判第4097号事件について、平成2年8月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年8月2日、名称を「オレフイン共重合体の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和52年特許願第92170号)が、昭和62年12月16日に拒絶査定を受けたので、昭和63年3月10日、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第4097号事件として審理したうえ、平成2年8月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月11日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、その出願前に頒布された特開昭49-35487号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭49-86482号公報(以下「引用例2」といい、その発明を引用例発明2という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、各引用例の記載内容、引用例発明1と本願発明との一致点及び相違点の認定は認める。

審決は、容易推考性の判断を誤り(取消事由1)、本願発明の顕著な効果を看過し(取消事由2)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取消を免れない。

1  取消事由1(構成の容易推考性の判断の誤り)

審決は、「引例2には、・・・「本法はアルフアーオレフインと少量のエチレンとの混合物を重合するのに使用できる』との記載があるから、引例2に記載されているオレフイン重合触媒を引例1に記載されているオレフイン共重合体の製造方法に際して使用することは当業者であれば容易になし得る程度のことと認める。」(審決書6頁9~15行)としているが、誤りである。

(1)  引用例発明1は、審決認定のとおり、本願発明と同様にエチレン・プロピレン・α-オレフインの共重合体を製造する方法であり(審決書3頁8~14行)、重合に供する各単量体の重量比率においても、本願発明と特に差異はないが、触媒として、引用例発明1が従来公知のチーグラー・ナッタ触媒を用いるのに対して、本願発明は、その要旨に示された

「(A)マグネシウム、ハロゲン、4価のチタン、およびエステル類ならびにエーテル類よりなる群からえらばれた電子供与体を必須成分とする複合体、

(B)周期律表第1族ないし第3族金属の有機金属化合物、及び

(C)電子供与体

からなる触媒」

を用いる点において、相違する(審決書5頁18行~6頁3行)。

そして、引用例1(甲第5号証)に記載されているチーグラー・ナッタ触媒の代表的なものは、その実施例のいずれにおいても用いられているジエチルアルミニウムモノクロライドと三塩化チタンからなる2成分系の触媒であって、本願発明の触媒とは、その構成成分が全く異なり、同引用例には、本願発明の触媒を用いることについては、記載も示唆もされていない。

(2)  本願発明の上記触媒が、引用例2(甲第6号証)に記載されている触媒と同一のものであること、チーグラー・ナッタ触媒がα-オレフイン共重合体に適用できることが周知であることは認めるが、引用例発明2は、その特許請求の範囲に「アルファーオレフイン、特にプロピレンの立体特異性重合方法」と記載されているように、立体特異性のα-オレフイン、特に立体特異性のプロピレンの製造方法の発明であり、引用例2には、この触媒を立体特異性を有するα-オレフイン重合体の製造に使用する方法しか開示されていない。

引用例発明2で得られるα-オレフイン重合体は、引用例2(甲第6号証)の実施例1~22の記載及びこれに対応する英国特許第1435768号明細書(甲第13号証)の記載から明らかなように、沸騰n-ヘプタン抽出残率、すなわち、立体特異性重合体の含有割合を表すIsotactic Index (Ⅰ・Ⅰ)がほぼ86~99%であって、極めて高度の立体特異性(立体規則性ともいう。)を有する。このことは、山田雅也作成の平成4年11月11日付け実験成績報告書(甲第11号証、以下「山田実験成績報告書Ⅰ」という。)の実験3-1と同人作成の平成5年3月19日付け実験成績報告書(甲第12号証、以下「山田実験成績報告書Ⅱ」という。)の実験7-1によっても認めることができ、かつ、ヒートシール開始温度も、175℃(山田実験成績報告書Ⅰ、実験3-2、表2)、170℃(山田実験成績報告書Ⅱ、実験7-2、表3)と極めて高く、このようにヒートシール開始温度の極めて高いα-オレフイン重合体は、包装用フイルムの用途には適しない。

(3)  これに対し、本願発明は、本願明細書(甲第3、第4号証)に記載されているように、「ヒートシール性の優れたフイルム用途に好適な共重合体を高収量、高収率で且つ不都合な可溶性共重合体の副生を更に低下せしめて得ることのできる方法」(甲第3号証2欄4~8行)であって、本願発明によって得られるα-オレフイン共重知られている。このような改変性(「改変剤」の誤記と認められる。)の一つの例は電子供与性化合物である。電子供与性化合物としては、酸無水物、エステル、ケトン、アミン、グリコール、グリコールエーテルなどがある。」(甲第5号証、明細書10欄4~11行)と記載されているので、この改変剤のうち、エステルとしてエチルベンゾエートを選び、ジエチルアルミニウムモノクロライドとエチルベンゾエート改変三塩化チタンからなる触媒(以下「改変型触媒A」という。)とし、また、グリコールエーテルとしてエチレングリコールn-ブチルエーテルを選び、ジエチルアルミニウムモノクロライドとエチレングリコールn-ブチルエーテル改変三塩化チタンからなる触媒(以下「改変型触媒B」という。)として、引用例発明1の方法を追試した結果が、扇澤雅明作成の実験成績報告書(甲第9号証、以下「扇澤実験成績報告書」という。)の実験6及び実験7である。

これを一覧表にした別紙第1表から、次の結論が導かれる。

〈1〉 白色粉末状共重合体(三元共重合体)の収量、触媒効率のいずれも、引用例発明1に比し、本願発明が極めて大である。

〈2〉 引用例発明1の場合、触媒効率が低く、生成した三元共重合体の量に比べてチタン成分の量が多いから、チタン成分(固形残渣)の除去操作が必要となり、重合体の製造プロセスが煩雑となるのに対して、本願発明では、チタン成分の量が少ないから、これの除去操作が不要となる。

〈3〉 引用例発明1の場合、白色粉末状共重合体(三元共重合体)の収量に対する溶媒可溶性共重合体の比率が、本願発明に比し、かなり大きい。したがって、このような三元共重合体の重合に通常使用されるスラリー重合を行った場合、引用例発明1に比べ、本願発明では、重合反応系の粘度が低くなり、生成した三元共重合体の分離除去操作が容易である。

このように、本願発明は、引用例発明1に比較して、顕著な作用効果を有する。

(2)  本願発明の実施例1の追試(山田実験成績報告書Ⅰ、実験1-1、図1)と、本願明細書の比較例4の追試(公知のチーグラー・ナッタ触媒を用いる引用例発明1の追試、同報告書、実験2-1、図2)のGPC-IR測定の結果から観ると、得られた三元共重合体の分子量分布は両者ほとんど差がないのに、本願発明の場合、低分子量領域の方が、高分子量領域に比較して、ややコモノマー量が多いものの、ほぼ均一にコモノマーがどの分子量領域においても含まれているのに対し、引用例発明1の場合、高分子量領域に比較して、低分子量領域にコモノマーが極端に多く含まれていることが明らかである。

また、同じく本願発明の実施例1と比較例4の各追試(山田実験成績報告書Ⅰ、実験1-1、実験2-1、表2)と、これに加え、改変型チーグラー・ナッタ触媒A、Bを用いた引用例発明1の追試(山田実験成績報告書Ⅱ、実験5-1、実験6-1、表3)によって得られた三元共重合体のフイルムの諸特性を比較したものを一覧表にした別紙第2表によれば、次のことが明らかである。

〈1〉 三元共重合体のフイルムを80℃のオーブン中に3日間放置した後、そのフイルムのヘイズ(曇度)を測定し、放置前のヘイズとの差を計算して白化(△ヘイズ)を測定した場合、本願発明の実施例1のフイルムは、引用例発明1のいずれの触媒を用いたものよりも、白化(△ヘイズ)が小さく、包装用フイルムとして優れていることを示している。

〈2〉 三元共重合体のフイルムを2枚重ねて50℃のオーブン中に24時間放置した後測定した剥離強度(ブロッキング)、すなわち、密着性(開口性)は、本願発明の実施例1のフイルムが、引用例発明1のいずれの触媒を用いたものよりも、小さく、この点からも、包装用その他のフイルムとして優れていることを示している。

〈3〉 本願発明の実施例1のフイルムは、引用例発明1のいずれの触媒を用いたものよりも、ヒートシール開始温度が5℃低い。この5℃という相違は、殊に包装用フイルムの高速シールの場合に大きな利点となる。

この低温ヒートシール性が優れている理由は、上記のとおり、本願発明の実施例1の三元共重合体においては、低分子量領域から高分子量領域まで均一にコモノマーが入ることにより、融点が下がっているためと推測される(山田実験成績報告書Ⅰ、7頁2~6行)。

このように、本願発明で得られたフイルムが顕著な性能を有することは、引用例1のみならず、引用例2においても、何ら記載も示唆もされていない。

(3)  以上のとおり、本願発明は、引用例1及び2に記載されたものから予測することができない顕著な作用効果を奏するものであって、上記審決の認定判断は誤りである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は相当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本願明細書の記載によれば、本願発明の目的は、(a)ヒートシール性の優れた共重合体を得ること、(b)共重合体を高収量、高収率で得ること、(c)可溶性共重合体の副生の低減、にあるということができる。

一方、引用例1には、引用例発明1の目的について、「ポリプロピレンフイルムの特徴である剛さ、透明性、開口性などの品質を損うことなく極めて良好なヒートシール性を有するポリプロピレンを製造することである」(甲第5号証4欄15~19行)と記載されていて、本願発明の上記(a)について記載されているが、(b)、(c)については明確に記載されていない。

しかし、一般に、プロピレンの共重合において、生成物を高収量、高収率で得ることは、当業者が極めて自然に設定する技術的課題であるから、明記されていないとしても、引用例発明1は、(b)を目的としていることは当然である。また、本願発明の目的物である共重合体が結晶性のものであることは明らかであり、チーグラー・ナッタ触媒を用いてプロピレンなどのα-オレフインの結晶性重合体又は共重合体を製造する際に、生成物中の低立体特異性重合体あるいは溶媒可溶性重合体を少なくすることは、特開昭50-30983号公報(乙第1号証)、特開昭50-44273号公報(乙第2号証)、特開昭50-108385号公報(乙第3号証)、特開昭52-35283号公報(乙第4号証)、特開昭52-87489号公報(乙第5号証)、特公昭34-2489号公報(乙第7号証)、特公昭35-1241号公報(乙第8号証)、特公昭38-9434号公報(乙第9号証)、特公昭39-22587号公報(乙第10号証)に示されるように、本願出願前、当業者によく知られていたことであり、本願明細書においても、引用例発明1につき、「溶媒可溶性重合体の生成割合は減少していると言える」(甲第3号証3欄9~10行)として、これを認めている。したがって、この点が引用例1に明記されていないとしても、引用例発明1は、上記(c)の可溶性共重合体の副生の低減という潜在的課題を有しているということができる。すなわち、引用例発明1は、本願発明と同じ技術的課題の解決を目的としているものである。

また、α-オレフイン立体特異性重合のチーグラー・ナッタ触媒については、引用例1に記載されているように、遷移金属化合物成分と還元性金属化合物成分との組合せからなる2成分系触媒を基本とし、この触媒を改変剤、例えばエステル類及びエーテル類を含む電子供与性化合物で改変した3成分系触媒へと変遷し(甲第5号証7欄7行~10欄12行)、さらに、引用例2に記載されているように、高活性度と高立体特異性を発揮するマグネシウムのハロゲン化物に担持されたハロゲン含有チタン化合物を用いる、いわゆるマグネシウム担持型チーグラー・ナッタ触媒が開発された(甲第6号証2頁左上欄1~7行)という経緯を有するのであり、この高性能化触媒は、引用例発明2のみならず、上記乙第1~第5号証の各公報の発明においても使用されているのである。

このように、引用例1には、本願発明と同じ目的の下に、同じ重合成分を重合して共重合体を製造することが記載され、その触媒として2成分系、3成分系のチーグラー・ナッタ触媒を用いることが記載きれているのであるから、引用例発明1と同様にα-オレフインの立体特異性重合体を製造するに際し、その触媒としてより好ましいとされる引用例発明2のマグネシウム担持触媒を使用して本願発明の構成を得ることは、当業者であれば容易に想到できることというべきである。

(2)  審決が、「引例2には、・・・「本法はアルフア-オレフインと少量のエチレンとの混合物を重合するのに使用できる』との記載があるから、引例2に記載されているオレフイン重合触媒を引例1に記載されているオレフイン共重合体の製造方法に際して使用することは当業者であれば容易になし得る程度のことと認める」(審決書6頁9~15行)と述べたのは、上記乙号各証の公報からも明らかなように、本願出願当時、本願発明の触媒が単独重合のみならず、共重合にも使用できることは周知の技術であったことを前提にして、引用例2の上記記載は、共重合にも適用できることを明確に示しているという趣旨で述べたのであり、そこに何の誤りもない。

2  同2について

(1)  本願発明の触媒、すなわち、引用例発明2や乙第1~第5号証の各公報の発明で用いられている高性能化触媒が、重合反応後に触媒成分を除去する必要がないほど触媒効率を高めるとともに、生成重合体から溶媒可溶性重合体を分離しなくてもすむように生成重合体の立体特異性を高めることを目的として開発されたものであることは、引用例2や上記各公報の記載から明らかである。

そうすると、共重合に際して、本願発明の触媒を用いることにより、引用例発明1と比較して、共重合体の高収量すなわち高い触媒効率に加えて、可溶性重合体副生量を低下できたとしても、それは当業者が予測できる範囲のものであり、これをもって顕著な効果ということはできない。可溶性重合体の副生量が少ない場合、重合反応系の粘度が高くならず、生成した三元共重合体の分離除去操作が容易であるとの点は当然のことである。

(2)  本願発明により得られる三元共重合体において、コモノマーが均一に含有されていることは、本願明細書に開示されていない。仮にこれが事実であるとしても、顕著な効果であるとはいえない。

また、引用例1においては、引用例発明1の効果として、その三元共重合体をフイルムに成形したとき、白化(△ヘイズ)、ブロッキング、低温ヒートシール性の点において優れた性能を発揮することを、具体的データを示して明らかにしているのに対し、原告が本願発明の効果として主張する上記の点は、本願明細書において具体的なデータは何ら示されていない。したがって、本願発明の効果が引用例発明1の効果より優れているといえないことは、当然である。

山田実験成績報告書Ⅰの白化(△ヘイズ)、ブロッキング、ヒートシール開始温度の測定方法は、いずれも引用例1のものと相違しているし、同報告書によっても、ヒートシール開始温度は、本願発明のものより引用例発明1のものが優れた値を得ている。同報告書をもって、本願発明の効果を客観的に把握することはできない。

(3)  以上のとおりであるから、本願明細書の記載からみて本願発明が格別予期以上の作用効果を奏するものといえないとした審決の認定判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(甲第2号証については原本の存在及び成立)については、当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(構成の容易推考性の判断の誤り)について

本願発明と引用例発明1とを対比すると、審決認定のとおり、両者はともに、エチレン・プロピレン・α-オレフインの共重合体を製造する方法であることにおいて一致し、かつ、重合に供する各単量体の重量比率においても特に差異はないが、本願発明が、触媒として、その要旨に示された「(A)マグネシウム、ハロゲン、4価のチタン、およびエステル類ならびにエーテル類よりなる群からえらばれた電子供与体を必須成分とする複合体、(B)周期律表第1族ないし第3族金属の有機金属化合物、及び(C)電子供与体からなる触媒」を用いるのに対して、引用例1には、この触媒を用いることについての開示はない点において相違すること、引用例発明1は従来公知のチーグラー・ナッタ触媒を用いるものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、甲第5号証によれば、引用例発明1は、「ポリプロピレンフイルムの特徴である剛さ、透明性、開口性などの品質を損うことなく極めて良好なヒートシール性を有するポリプロピレンを製造すること」(同号証4欄15~19行)を目的とし、「このような目的のため本発明者らは種々の実験の後ポリプロピレンを重合する際に原料モノマー中に少量のエチレンと炭素数4~8のα-オレフィンを混合することによって前記目的を達成することができる本発明方法に到達した」(同4欄20行~5欄5行)ものであること、そして、引用例1には、引用例発明1の実施例として、ジエチルアルミニウムモノクロライドと三塩化チタンからなる2成分系のチーグラー・ナッタ触媒を使用した例のみが開示されていることは原告主張のとおりであるが、その特許請求の範囲の「チーグラー・ナッタ触媒を用い、エチレン・プロピレン・α-オレフインの共重合体を製造する方法において、」との記載と、その発明の詳細な説明の項の「前記単量体を共重合するに要する触媒系は、先ずチーグラー・ナッタ型の成分からなるものである。これは周知のように遷移金属化合物成分と還元性金属化合物成分との組合わせから基本的になるものでその各種の改変体をも含めて周知のものである。」(同号証7欄7~12行)、「前記二成分から基本的になるチーグラー型触媒は、種々の改変剤によつて改変することができることが知られている。このような改変剤(原文の「改変性」は、「改変剤」の誤記と認められる。)の一つの例は電子供与性化合物である。」(同10欄4~8行)との記載から明らかなように、引用例発明1は、特定のチーグラー・ナッタ触媒を使用する方法に限定されるものではなく、遷移金属化合物成分と還元性金属化合物成分との組合せからなる2成分系チーグラー・ナッタ触媒のみならず、この触媒を電子供与性化合物で改変した3成分系チーグラー・ナッタ触媒が使用できることも開示していることが認められる。

一方、甲第3、第4号証によれば、本願発明が、「ヒートシール性の優れたフイルム用途に好適な共重合体を高収量、高収率で且つ不都合な可溶性共重合体の副生を更に低下せしめて得ることのできる方法」(甲第3号証2欄4~8行)を提供することを目的とし、そのために、重合させる単量体の組成割合を引用例発明1と同じ範囲のものとし、ただその触媒を、上記特許請求の範囲に示された(A)、(B)、(C)の3成分からなる触媒としたものであることが認められる。

そして、甲第6号証によれば、引用例2には、α-オレブインの立体特異性重合方法の発明が記載され、その触媒として、高活性度と高立体特異性を発揮するマグネシウムのハロゲン化物に担持されたハロゲン含有チタン化合物を用いる、いわゆるマグネシウム担持型チーグラー・ナッタ触媒が開示されており、その「本法はアルフアーオレフインと少量のエチレンとの混合物を重合するのに使用できる」(同号証5頁右上欄1~2行)との記載が示すとおり、この触媒がα-オレフインの共重合にも適用できることを開示していることが認められ、この触媒が本願発明の触媒と同一のものであることは当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、ヒートシール性の改善を主目的とする引用例発明1の方法を前提として、これに使用できることが教示されているチーグラー・ナッタ触媒として、引用例2に開示されているα-オレフインの共重合にも使用できる高活性度と高立体特異性を発揮するチーグラー・ナッタ触媒を適用してみること自体は、技術開発において類似技術を組み合わせることにより双方の長所を兼ね備える技術を得るごとが一般的な手法であることに照らし、当業者にとって容易なことと評価すべきものといわなければならない。

2  同2(顕著な効果の看過)について

(1)  先ず、本願発明により得られる三元共重合体のコモノマー含有率についてみると、甲第11号証によれば、山田実験成績報告書Ⅰには、本願発明の実施例1と本願明細書の比較例4(2成分系チーグラー・ナッタ触媒を用いる引用例発明1)を追試し(実験1-1、実験2-1)、そのGPC-IR測定の結果が図示されている(図1、図2)ことが認められ、これによると、得られた三元共重合体の分子量分布は両者ほとんど差がないのに、本願発明の場合、低分子量領域の方が、高分子量領域に比較して、ややコモノマー量が多いものの、ほぼ均一にコモノマーがどの分子量領域においても含まれているのに対し、引用例発明1の場合、高分子量領域に比較して、低分子量領域にコモノマーが極めて多く含まれていることが明らかである。

引用例発明1の方法に引用例発明2の触媒を適用することにより、このような特徴を持つ三元共重合体が得られること、すなわち、本願発明により得られる三元共重合体がこのような特徴を持つことは、引用例1、2に開示もしくは示唆されておらず、また、本件全証拠によっても、これが周知技術から予期される範囲のものと認めることはできない。

(2)  次に、本願発明により得られる三元共重合体のフイルムの特性についてみると、前示山田実験成績報告書Ⅰの本願発明の実施例1と比較例4(2成分系チーグラー・ナッタ触媒を用いる引用例発明1)の追試の結果(実験1-1、実験2-1、表2)と、甲第12号証により認められる山田実験成績報告書Ⅱの改変型チーグラー・ナッタ触媒A、Bを用いた引用例発明1の追試の結果(実験5-1、実験6-1、表3)によれば(これを一覧表とした別紙第2表参照)、本願発明の実施例1で得られた三元共重合体のフイルムの方が、引用例発明1のいずれの触媒を用いたものよりも、白化(△ヘイズ)及びブロッキング、すなわち、密着性(開口性)において、より小さい数値を示していることが認められ、これによれば、本願発明のものが引用例発明1のものよりも、包装用フイルムとして優れていることが認められる。

ヒートシール性については、上記各実験の結果(別紙第2表参照)によれば、本願発明のものの方が引用例発明1のものよりも、フイルムのヒートシール開始温度が5℃低くなっており、ヒートシール性が改善された結果となっているが、本願明細書の記載によれば、本願発明の実施例1~10の場合、そのヒートシール開始温度(Tm)は137~138℃であり、引用例発明1の実施例に当たる比較例3、4の場合、136~137℃であって、両者ほぼ等しい値となっている(甲第3号証表1、同第4号証表3)ことが認められる。この点は、本願発明で用いる触媒、すなわち、引用例発明2の触媒は、引用例2に記載されているとおり、α-オレフインを立体特異性重合体を重合する改良方法(甲第6号証1頁右下欄19~20行)のための触媒であり、この触媒を用いた場合、立体特異性の改善により結晶度が増加し、これを一因としてヒートシール開始温度の上昇をもたらすことも予想されるところ、この触媒を引用例発明1の三元共重合体の重合に用いた場合に、この予想に反して、ヒートシール開始温度の上昇が生じない結果をもたらしたことを意味し、予想外の効果と認めて差し支えないと認められる。

(3)  以上のことからすれば、本願発明は、引用例発明1のエチレン・プロピレン・α-オレフインの共重合体の製造に当たり、引用例発明2の触媒を使用することにより、低分子量領域から高分子量領域にわたってコモノマーが均一に含有される三元共重合体を製造することができ、これを用いたフイルムのヒートシール性の低下(ヒートシール開始温度の上昇)を生ずることなく、白化(△ヘイズ)及びブロッキング性が改善されるという予想外の効果を達成したものというべきである。

なお、上記の効果を示す具体的数値は本願明細書自体には明記されていないものもあるが、この具体的数値は、上記のとおり、本願発明の方法によって製造される「ヒートシール性の優れたフイルム用途に好適な共重合体」(甲第3号証2欄4~6行)及びこれにより作られたフイルムの特徴を客観的に明らかにした実験結果により認められるものであるので、これにより、その効果を判断することは差し支えないものというべきである。

3  以上のとおり、本願発明は、引用例1、2から予期することができない効果を奏するものというべきであるから、これに反する審決の認定は結果において誤りといわなければならず、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官芝田俊文は海外出張中につき、署名、押印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

別紙

第1表

〈省略〉

第2表

〈省略〉

昭和63年審判第4097号

審決

東京都千代田区霞が関3丁目2番5号

請求人 三井石油化学工業株式会社

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館内

代理人弁理士 小田島平吉

東京都港区赤坂1-9-15 日本自転車会館 小田島特許事務所

代理人弁理士 深浦秀夫

昭和52年特許願第92170号「オレフイン共重合体の製造方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年2月19日出願公告、特公昭61-5483)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和52年8月2日に出願されたものであつて、その発明の要旨は、特許法第64条の規定による昭和61年12月13日付け手続補正書によつて補正された明細書の記載からみて特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「チーグラー型オレフイン重合用触媒の存在下に、エチレンを0.1~4重量%、プロピレンを69.9~98重量%及びC4~C8のα-オレフインを1~30重量%の比率で重合系に供給し、エチレン、プロピレン、α-オレフインを共重合させてオレフイン共重合体を製造するに際し、下記、(A)マグネシウム、ハロゲン、4価のチタン、およびエステル類ならびにエーテル類よりなる群からえらばれた電子供与体を必須成分とする複合体、

(B)周期律表第1族ないし第3族金属の有機金属化合物、及び

(C)電子供与体

からなる触媒の存在下に該共重合反応を行うことを特徴とするオレフィン共重合体の製法.」

これに対して、原査定の拒絶の理由である特許異議の決定の埋由において引用された特許異議申立人長谷正久の提出した本願出願前国内において頒布された刊行物である甲第1号証刊行物特開昭49-35487号公報(以下、引例1という。)には、チーグラー・ナツタ触媒を用い、エチレン・プロピレン・α-オレフィンの共重合体を製造する方法において、重合に供する単量体の組成をエチレンが0.5~4.0重量%、プロピレンが66.0~98.5重量%、炭素数4~8のα-オレフィンが1.0~30.0重量%の比率で重合系に供給することを特徴とするオレフイン共重合体の製造方法(第(1)頁左下欄5~13行)が、そして、同じく甲第3号証刊行物特開昭49-86482号公報(以下、引例2という。)には、a)原子供与体化合物(またはルイス塩基)とアルミニウムートリアルキル化合物との附加生成物および/または置換生成物あるいは電子供与化合物と酸素原子または窒素原子を介して互いに結合した2個またはそれ以上のAl原子を含有するアルミニウムーアルキル化合物との附加生成物であつて該反応生成物a)は電子供与化合物と化合した形で存在する有機アルミニウム化合物は1モルの出発したアルミニヴム化合物当りに0.01乃至1モルの範囲で含まれることを特徴とするものとb)電子供与体との附加化合物の形であるのが好ましいハロゲン含有2-、3-または4-価のチタン化合物と、無水のMgまたはMnのジハロゲン化物とその無水のMgまたはMnのジハロゲン化物および触媒を構成する他の化合物と実質的に相互反応することのない固体有機物とからなる担体とを接触させることによつて得られた生成物であつて、該担体と該成分b)の両者は3m2/gより大きい表面積を有することを特徴とするか、または成分b)はその粉末のX線スペクトルにかいて普通の非活性のMgまたはMnのジハロゲン化物の粉末のX線スペクトルの代表的な最も強い回折線が拡大せられることを特徴とし、わよび更に成分b)は金属チタンとして表わして存在するチタン化合物の量が触媒の結合した形において存在する電子供与体化合物の全量の1モル当り0.3g原子より低いことを特徴とするものとから得られる触媒の存在におけるアルフアーオレフイン、特にプロピレンの立体特異性重合方法(第(1)頁左下欄5行~右下欄17行)が、また、成分a)を得るに使用し得る電子供与化合物は、……エーテル、エステル…………である。若干の特別の化合物は、例えば……………ジメチル・エーテル、ジエチル・エーテル、……………エチル・ベンゾェート、エチル・アセテート……………である(第(3)頁右上欄9行~左下欄8行)が、さらに、本法はアルファーオレフインと少量のエチレンとの混合物を重合するのに使用できる(第(5)頁右上欄1~2行)ことが、それぞれ記載があることが認められる.

本願発明と引例1に記載された発明とを対比すると、両者は、前者が、(A)マグネシウム、ハロゲン、4価のチタン、およびエステル類ならびにエーテル類よりなる群からえらばれた電子供与体を必須成分とする複合体、(B)周期律表第1族ないし第3族金属の有機金属化合物、及び、(C)電子供与体からなる触媒の存在下に共重合反応を行なうのに対して、後者は、この触媒の使用について格別記載されていない点において相違し、その他のエチレン、プロピレン、α-オレフインを共重合させる際の各単量体の重量比率において特に差異は認められない。

けれども、引例2には、上記のように「本法はアルフアーオレフインと少量のエチレンとの混合物を重合するのに使用できる」との記載があるから、引例2に記載されているオレフイン重合触媒を引例1に記載されているオレフイン共重合体の製造方法に際して使用することは当業者であれば容易になし得る程度のことと認める。

また、本願発明により明細書の記載からみて格別予期以上の作用効果を奏するものと認められない。

したがつて、本願発明は、引例1及び引例2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

なお、請求人は平成1年4月6日付の審理再開願において、口頭による説明をする旨述べているので、平成1年4月13日付で審理再開の通知をしたが、1年以上経過しても何ら応答がない。

よつて、結論のとお審決する。

平成2年8月16日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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